ユニ・ホン・シャープ、マユンキキ、南雲麻衣、新井英夫、金仁淑
2024年4月18日(木)-7月7日(日)
休館日 月曜日(4月29日、5月6日は開館)、4月30日、5月7日
開館時間 10:00-18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
東京都現代美術館
社会を構成する人々の多様さは、本来私たちが生活する世界を豊かで強靭なものにするはずであるが、その互いの違いはしばしば差別を引き起こす原因となったりもする。わたしたち一人ひとりはその属する集団の特性や歴史を表象することもあるが決して代表するものでもない。人はある一つのカテゴリーにおさまることなく互いに異なっている。そのそれぞれに異なっているわたしたちが用いる言葉も、それぞれ異なっている。その互いに異なった言葉を翻訳することには、境界を越えてつながりわかりあえる希望がある。だが、ある言葉を他の言葉や何らかの言葉のようなものに変換したとき、一見同じようでいても何かが抜け落ちたり加わっていたり、何か別のものになってしまっている可能性もある。
「言葉や想いをそのまま受け取ることから」というフライヤーのテキストの表題からも示唆されるように、この展示ではアーティスト一人ひとりがわたしの言葉を生み出しており、それはいわゆる言語には限らず、呼吸をすること、振動すること、わずかに移動すること、会いたい人に会いに行くこと、あるいは心地よいように部屋を設えることだったりするが、そのような言葉をそのままに受け取ることに開かれてあることの大切さを教えてくれる。
この展示は5人のアーティストの作品からなる。ユニ・ホン・シャープは、映像作品《RÉPÈTE|リピート》(2019)と、2022年に沖縄でワークショップもおこなった作品《旧題 Still on our tongues》(2022/2024) の展示。映像作品は、日本に生まれフランスで暮らすアーティストが、フランス語を母語とする娘に「Je crée une œuvre(私は作品を作る)」という自身のフランス語の発音を直してもらう様子を記録したもの。《旧題 Still on our tongues》は、沖縄で用いられた「方言札」の写真と、それを模した焼き菓子の実物やレシピの展示。方言を話すと罰として首にかけられる方言札は、類似したものがフランスでも使われていた。
ユニ・ホン・シャープ《RÉPÈTE | リピート》2019年
ユニ・ホン・シャープ 《旧題 Still on our tongues》(部分) 2022/2024 年 展示風景
マユンキキは、二本の言葉をめぐる対話の映像作品《イタカシ(itak=as)|サジと》《イタカシ(itak=as)|かのこと》と、アーティストの自室を模したインスタレーション。映像では、失われそうな祖先や家族の言葉を自身や友人が習得することをめぐる対話や、友人でもある通訳者との言語の獲得と使用をめぐる対話。アーティストの部屋に入るには、パスポートの内容を読んで氏名を記入するというアクティビティが求められるが強制はされない。アイヌの歴史や先住民族の運動への関心を喚起する内容。
マユンキキ《Siknure – Let me live》2022年、Ikonギャラリー(バーミンガム)での展示風景Photographer Stuart Whipps, courtesy of Ikon Gallery.
マユンキキ《イタカㇱ(itak=as)》(部分) 2024年 展示風景
南雲麻衣は、幼児期に失聴し児童期に人工内耳適合手術を受けたアーティスト/ダンサーである。南雲は、通常の学校に通い大学生になってから手話に出会い習得した。アーティストは、母語と第一言語を区別し、自身の第一言語は、大人になってから習得した日本手話であるという。《母語の外で旅をする》(2024)という三本の映像作品は、それぞれ母親と音声日本語のみで話す、2人のろうの友人と手話のみで話す、聴者のパートナーと手話と音声日本語を交えて話すアーティストの様子を、各映像が撮影された空間と連続したような設えの机や椅子で鑑賞することができる。
Mai Nagumo Photo: k.kawamura
南雲麻衣 《母語の外で旅をする》(部分)2024年 展示風景
新井英夫は、野口体操で著名な野口三千三に学び、自らを身体を奏でる「体奏家」としてダンスパフォーマンスをおこない、子どもたちや障害のある方の施設でワークショップをおこなってきた。後にALSを発症し、ALS当事者として日々生活に制約が増していく自らの身体を用いてダンスや表現の可能性を極限まで追求する。また、共に難病を抱えた当事者との共同も試みる。展示空間全体を用いたインスタレーション《からだの声に耳をすます》(2024)では、畳が敷かれた空間やパーティーションで仕切られた空間で、水が詰まった布袋、紙や鈴、事前に撮影された新井の映像等を用いて、観客が自らの身体や言語を捉え返すような体験を促す。会場の中空には、空気の動きで常にその表情を変える「ポリ大幕」が動いており、空間そのものにも注意を向けさせている。
新井英夫《踊ルココロミ Improvisation Dance with ALS》2022年- 撮影:イタサカキヨコ
新井英夫 《からだの声に耳をすます》(部分) 2024年 展示風景
金仁淑は、滋賀県にあるブラジル人学校サンタナ学園の子どもたちや、彼らを見守る校長先生をはじめとする大人たちとの交流の映像《Eye to Eye, 東京都現代美術館 Vers.》(2024) や、ブラジルに戻った子どもたちとのプロジェクトの映像を展示する。会場で、等身大よりやや大きい8面の縦型スクリーンで映される約160点のブラジル人の子どもたちや大人たちのビデオポートレートは、映される人々と鑑賞者とが目が合うような設定になっており、時間をかけてラポールが形成された親密なアーティストの位置に、いきなり鑑賞者が立たされる新鮮な驚きがある。
金仁淑《Eye to Eye, 東京都現代美術館 Ver.》2024年
「翻訳できない わたしの言葉」展示風景、東京都現代美術館 Photo:金仁淑 ©KIM Insook
金仁淑《扉の向こう》2024年
「翻訳できない わたしの言葉」展示風景、東京都現代美術館 Photo:金仁淑 ©KIM Insook
この展覧会を通して5人のアーティストたちの実践に触れることは、ルーティン化した日常の表層を少し震わせる。場合によってそれは大きな揺さぶりとなり、日々の日常を突き抜けていくきっかけを与えてくれるだろう。展示の最後にはラウンジが設けられてあり、アーティストたちの活動の記録や展示の構想の手助けとなった本たち、そして、鑑賞した人それぞれが「わたしの言葉」についてのエピソードをカードに記述して掲示する参加型の壁面展示「わたしの言葉のガーランド」がある。昨年の同館の企画展「あ、共感とかじゃなくて。」展から引き継がれ、耳栓やクールダウンのためのフィジェットトイの貸出、カームダウンスペースの設定等によってさらに配慮が増した会場の中で鑑賞を振り返った後は、5人のアーティスト達のように生活の中で実践する手がかりを持って帰途に着きたい。
細野 泰久 テキスト、写真(クレジットのないもの)
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