2024年8月3日(土)-11月10日(日)
開館時間 10:00-18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)*8月9日、16日、23日、30日の金曜日は21:00まで開館
休館日 月曜日(8/12、9/16、9/23、10/14、11/4は開館)、8/13、9/17、9/24、10/15、11/5
東京都現代美術館
展覧会場入り口
開発好明は、美大に入学して以来40年近くの長い期間活動してきたアーティストであるが、近年の活動がプロジェクト中心ということもあり、その活動の全貌をなかなか知ることができなかった。今展覧会はその長期の活動を俯瞰的に見ることのできる貴重な機会である。展示されている作品やプロジェクトで一番年代が古いのは1992年の《ドクメンタ9パフォーマンス“プチ・ギャラリー”》と《レシート日記》であり、最新のものは、後述するがまさにこの会場で進行しつつある《147801シリーズ》《100人先生in MOT》《未来郵便局 東京都現代美術館支局》等のプロジェクトである。まさに、初期の活動から主要なプロジェクトを概観できる。
この展覧会の特色は、なんといっても訪れた観客が参加できるアクティビティが豊富にあり、それに参加することにより鑑賞する点である。会場に入ると、水色のバッグに入った鑑賞キットを渡される。これには、発泡スチロール片1個、未来郵便局用の青いハガキ大の用紙、それに会場内で作家の指示で観客が行うべきアクティビティが記されたミッションカードの3点が入っている。このバッグは会場を出る時に回収されるがその際、開発のトレーディングカードを1枚もらうことができる。この観客参加のアクティビティは、入り口で配布されているガイドマップで★マークで示されているが10種類も用意されている。その中から、3つを紹介する。
《147801シリーズ》(2014-)
長寿であり多作で知られたピカソが生涯に制作した作品数は147800点と言われている。開発は何か一つでもピカソを上回りたいと考え、その作品数を1点上回ることを目指してこの《147801シリーズ》を始めたという。壁面には多くのシリーズ作品が展示されているが、観客が手の届く棚には、どれでも一点持ち帰ることのできる開発の作品が並べられている。後日、持ち帰った作品の写真を撮影し、開発が指定したアドレスに送ることがこのシリーズへの参加の条件である。写真を送った参加者にはシリアル番号が送られ、作品は個々の観客の所有となり、写真は開発の所有となる。
《147801シリーズ》の展示の様子
《100人先生in MOT》(2024)
「100人先生」は、2012年、三宅島で行われたアートプロジェクト「三宅島大学」を皮切りに、その後各地の芸術祭等で行われているプロジェクト。会期中の現代美術館でも、様々な先生が登壇予定である。「誰もが先生、誰もが生徒」を合言葉とするこのプロジェクトは、教える側、教えられる側の関係性を相互に交代可能なものとし、その地域ごとに潜在している人的なリソースを活かし、新たなコミュニティの関係性を作りだす可能性に満ちている。
この展示では、会期中何度でも入場できるパスポート形式の入場券も設定されているので、それを用いるといろいろなイベントに参加しやすいだろう。
《100人先生in MOT》会場
《未来郵便局 東京都現代美術館支局》(2024)
2011年、横浜新港ピアで初めて開催された《未来郵便局》は、参加者が書いたハガキが一年後に開発によって投函されて届くというコンセプトの郵便局である。今回の東京都現代美術館支局版でも、観客が書いたハガキが一年後に開発によって投函される。ハガキは自分宛でもよいし、家族や友人宛でもよい。1年後にみるメッセージは、参加者にとって思いもよらない感情をもたらすかもしれず、新鮮な体験を提供することになるだろう。
《未来郵便局 東京都現代美術館支局》の様子
アーティストとして開発好明が一層広く認知されたのは、東日本大震災をきっかけとした様々なプロジェクトだろう。本展では「プロジェクト紹介」として多数のプロジェクトが展示されているが、その代表的な例が《政治家の家》と《デイリリーアートサーカス》である。
《デイリリーアートサーカス》(2011-)
2011年、東日本大震災に遭遇したアーティストは、参加するアーティスト仲間を募り、アート作品を詰め込んだトラックで、西日本から東日本を移送しながら展覧会を行った。その都度募金活動を行い、収益金はすべて被災地への寄付に充てられた。本展では、その記録を紹介している。
《デイリリーアートサーカス》プロジェクト紹介
《政治家の家》(2012-)
開発は、東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故後、原発の20km近くに《政治家の家》を作り、国会議員700人以上に現地の現状を直に見て感じてもらうために招待状を送った。この《政治家の家》は、今後も場所を変えて設置予定であり、会場では、日本国内のどこに設置したら良いか観客に地図上にシールを貼ってもらう試みをおこなっている。
《政治家の家》展示風景
開発の仕事を代表するものの一つは、発泡スチロールを素材に用いた仕事だろう。2004年のヴェネチア・ビエンナーレ建築展にも参加した発泡スチロールの家や、茶室、彫刻等も、開発の仕事を代表するシリーズである。コアな美術ファンなら、《発泡ミュージアム in MOT》で見られる発泡スチロールで作られた彫刻の数々が何をオマージュしているのかを当てるのも楽しいだろう。
《発泡ミュージアム in MOT》
平凡に繰り返す日々の日常と、現実の世界に生じてしまう災害や事故、戦争等、予測できない形での非日常。その境界にアートによって侵入し、相互に浸透して生まれるもう一つの世界を、ユーモアと希望を伴って開発は見せてくれる。かつて、ドイツのアーティスト、ヨーゼフ・ボイスは「人はみな芸術家である」といった。それは、誰もが絵画や彫刻を作る人であるという意味ではなく、社会という人間によって構成されるものをつくる人であるという意味であり、あたり前のことでもある。人は誰もが、社会的なプロセスを形成することができるのだ。人は、わたしたちが暮らすこの社会に対し誰もが自分で問いを作り、それを探究して自分なりの答えを出し、それをことばや行動で発信する。SNSを通じてでも身近な人間関係のなかでも、それを公開することが民主主義の実践だ。開発の様々な実践に学んだら、今度はわたしたちが日常で実践しよう。それが一人ひとりの民主主義である。
本展は、「日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション」、「MOTコレクション 竹林之七妍/特別展示 野村和弘/Eye to Eye—見ること」と同時開催。どちらも充実した展覧会で、十分に時間をかけて鑑賞したい。
細野 泰久 テキスト、写真
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